- 続けることを目的にしなくていい
- 合わなければやめてもいい
- 残る形でやればいい
今日もゆるくいきましょう!どうもゆるかめです📚
三日坊主って聞いてどう思いますか?
なんとなく続かなくてダメな人みたいなイメージありますよね。
それ、僕のことです。
僕は今まで、三日坊主、飽き性だと言われ続けてきました。
続かなくなる度に、
自分が継続できないことに落ち込んだりもしました。
習慣って、続けないと意味がないと思っていたんです。
だから、続かない自分はダメなんだって、
なんとなく思っていました。
でも今は、
三日坊主でもいいのかなって思っています。
むしろ、
続かなくても無駄じゃなかったなと思うことが増えました。
今回は、
なぜ三日坊主でもいいと思えるようになったのか、
そして何が残っていたのかについて話してみようと思います。
続かない=ダメだと思っていた理由
何かを初めて三日坊主で終わってしまうと、
自己嫌悪する人は多いと思います。
頑張ろうと決めたのに続かないと、
「自分が決めたことも守れないのか」と落ち込んでしまいますよね。
僕もずっとそうでした。
でもいろいろ三日坊主で終わってきて気づいたことがあります。
三日坊主でも、ちゃんと残っているものがあるということです。
三日坊主でもいろいろ経験したからこそ、
今、自分の中に残っている習慣があるんだと思います。
三日坊主でも残るもの
たとえば、こんなことです。
・三日坊主でも何かを始めることができたということ
→行動できたという経験はちゃんと残る
・今の自分には合わないものがわかった
→やってみないとわからないこと
・また始める時のハードルが低くなる
→一度やっているから、少し気が楽になる
・そして何かしらは自分の中に残っている
→小さくても、感覚や考え方が残っている
三日坊主で終わったことも多いですが、
それでも、今の自分に残っているものはちゃんとあります。
形は変わっても残ることがある
たとえば、一時期ミニマリストを目指して、部屋のものをほとんど捨てたことがあります。
その時はよかったのですが、
さすがに少しずつものは増えてきました。
でも、
「ものを減らす」「余計なものは極力買わない」
という考え方は残りました。
そのおかげで、
今は余白のある暮らしについてブログを書いています。
当初の形とは違っても、
別の形で習慣として残ることもあるんだなと思いました。
やめたことにも意味がある
もうひとつ、ミニマリストを目指していた時に、
シャンプーをやめて湯シャンにしていた時期があります。
結果から言うと、自分には合わなくてやめました。
楽でよかったんですが、
自分の匂いってわからないので、人からどう思われているか不安でした。
あと、していない日は髪がベタついてしまって、
「そのうち落ち着く」と調べると出てきましたが、僕には続けられませんでした。
何かが残ったというよりは、
「自分には合わない」ということがわかりました。
でもそれも、やってみたからわかったことです。
やってみてよかったと思っています。
何も残ってないきがする人へ
「でも、自分には何も残ってない気がする」
そう思う人もいるかもしれません。
でもそれは、まだ途中なだけかもしれません。
残るかどうかって、最終的にわかるものだと思います。
たとえば、ジムが合わなかったとします。
じゃあ腕立て10回にしてみる。
それもきつければ5回にしてみる。
そうやって形を変えていく中で、
「これならできる」が見つかることもあります。
この途中では、
残っているのかどうかなんてわかりません。
でもそれは、
自分の中に馴染ませている途中だからだと思います。
この例でいうと、
ジムに通う習慣は三日坊主でも、
最終的には運動する習慣が残っています。
それって特別な人だからできたわけじゃなくて、
最初に「やってみよう」と思えた人なら、
誰でもきっと少しずつできることだと思っています。
まとめ
・続けることを目的にしなくていい
・合わなければやめてもいい
・残る形でやればいい
完璧に続けるよりも、
自分に合う形を見つけていく方が大事だと思っています。
続かなかったことも、
ちゃんと、自分の一部になっています。
三日坊主でも何か始めることができた人なら大丈夫!
ゆるかめのペースでいきましょう🌿
